稲盛氏と永守氏~京都発カリスマ経営の本質を読んで
成功の3要件とパッションが大事だった
稲盛和夫氏と永守重信氏、2人とも京都をホームベースとしつつグローバルに活躍し、B to B企業として世界トップシェア事業を数多くもっています。
また、2人とも思いを「言語化」するパワーが抜群です。稲盛氏と永守氏はこの言語化力を、独自の経営哲学と経営手法に結実させています。
それらの中身をよく知れば知るほど、両者の経営モデルの本質がぴたりと重なり合うことに驚かされます。
実践哲学としてのフィロソフィ
稲盛氏のすごさは、企業創生と企業再生を3度実現してみせた点です。世界企業となった京セラの創業、KDDIの創業、そしてJALの再生です。
どのケースにおいても、稲盛経営の本質はまったくブレることがありません。いずれの企業にも、稲盛DNAがしっかりと組み込まれています。
それは、「フィロソフィ」と「アメーバ経営」と言えます。
まず、フィロソフィです。
いずれの企業も、京セラフィロソフィ、KDDIフィロソフィ、JALフィロソフィがあり、異なる信念が織り込まれています。
例えば京セラでは、「手の切れるような製品をつくる」という思いだそうです。KDDIは「つなぐのは思い、つなぐのは笑顔」という言葉から始まっています。
一方、3社のフィロソフィには共通点も多いことに気付かされます。
例えば各社とも「心」を起点としていることです。「素直な心」「美しい心」「感謝の気持ち」などです。
「利他の心」も3社の共通軸となっています。いずれも経営哲学という以前に、人生哲学の色彩が濃いものです。
アメーバ経営
アメーバ経営は、稲盛経営のもう1つの代名詞と言えます。
フィロソフィがWhyとWhatを語ったものであるのに対して、こちらはHowを示しています。
アメーバ経営は簡単にいうと、企業を6~7人の小集団(アメーバ)に分け、アメーバごとに時間当たり採算の最大化を図るものです。
そこには「売上最大、経費最小」で経営をシンプルにとらえるという稲盛実学の基本理念が貫かれています。
永守戦略の神髄
一方の永守重信氏は、日本電産を大きく成長させ、60余りの国内外のM&Aをすべて成功させています。
永守3大精神
永守氏は、自らの人生哲学と経営哲学を、「3大精神」として掲げています。
(1)情熱、熱意、執念
ほとばしる情熱、沸き立つ熱意、困難に立ち向かう執念の3つを指すそうです。
永守氏は「物事を実現するか否かは、まずそれをやろうとした人が『できる』と信じることから始まる。自ら『できる』と信じた時にその仕事の半分は終了している。」と言います。
(2)知的ハードワーキング
1つ目の念(おも)いを実現するためには、異次元の働き方が求められます。「知」と「時間」とを組み合わせて戦えば、必ず勝つと信じています。
永守氏は、ハードワーキングこそ「企業成長の原理原則」と語ります。
(3)すぐやる、必ずやる、出来るまでやる
本田宗一郎氏は「やってみもせんで」という名言で知られています。つべこべと御託を並べる前に、すぐやってみること、というものです
永守氏はそれに加えて、「出来るまでやり続ける」とします。頭を垂れるばかりです。
知的ハードワーキングとは
この3大精神のなかでも、永守経営を最も象徴するのが「知的ハードワーキング」です。
創業当初は「他人の2倍働く」ことをモットーとしていました。
しかし、2016年、突然「2020年までに残業ゼロを達成する」と宣言します。
日本中を驚かせましたが、よく聞くと、「ハードワークにさらに拍車をかける」という決意声明だったことがわかります。
永守氏はインタビューで、「ハードワークすることが間違っているのではなくて、生産性が低いまま、長時間働くことが問題」と述べ、こう語ります。
「今の我々の生産性はドイツ企業と比べるとほぼ半分。だから生産性を2倍にしないと残業ゼロにならないということですね。残業ゼロありきではなく、まず生産性を2倍にしようと言っている」
日本は「働き方改革」を国家アジェンダとして進めています。
しかし、単に残業をなくすだけでは、日本の競争力は地に落ちることは目に見えています。
永守氏3大経営手法
永守氏の「3大経営手法」の最大の特徴は、そのわかりやすさにあります。
永守氏は、平易な生活の知恵をメタファーとして使います。
- 家計簿経営
収入に見合った出費をすること。景気の動向に応じて収入が変化すれば、それに見合った生計を立てる。
そして子供の教育やマイホームなどのために貯蓄する。会社経営も経費を収入の範囲内に収める一方、将来への投資も怠ってはならない。 - 千切り経営
問題を小さく切り刻んで対処することである。どんなに難しい問題も、細かく要素分解すれば解決がしやすくなる。 - 井戸掘り経営
永守氏は、幹部研修の際に、次のような話をするそうです。
子供の頃、母親は自分を背負って、毎朝、井戸に水汲みにいった。自分は、そんなに汲んだら水がなくなってしまわないのかと、母親に尋ねた。すると母親は、「水は貯めておくと古くなるだけや。汲めば汲むほど、新しい水が湧き出るんや」と答えたそうです。
翌朝、井戸の中をのぞくと、確かに水はまた満タンになっていた。
経営も同じで、現状に満足することなく、貪欲に新しいことに挑戦し続ければ、アイデアはまさに井戸の水のように湧き出し続けると説きます。
永守氏3大経営手法は、誰でも実践できる経営の基本原則と言えます。
実際に日本電産は、この3つの経営の基本ワザを全社員に徹底することで超成長を遂げてきました。
「永守マジック」の正体
永守氏は、次のように語ります。
「会社の経営を究極まで突き詰めていくと、実に単純明快なことが導き出されます。それは、原理原則にしたがって、当たり前のことを当たり前にやっていくことで、これ以上でもなければ、これ以下でもありません。『継続は力なり』という言葉がありますが、一切の妥協や譲歩を許さず、誰にでもわかっている当たり前のことを、淡々と持続させていくこと以外に成功する極意も秘訣も存在しません」
これが、「永守マジック」の正体なんですね。
「盛守」モデルの共通点
稲盛流と永守流。それぞれ、極めて個性的です。
今、「次世代経営モデル」としてもてはやされている、次のような2つのタイプの考え方とはまったく無縁です。
第1に、「グローバルスタンダード」追随型。
そもそも、グローバルスタンダードという言葉自体、欧米に卑屈になりがちな日本人がつくった和製英語です。世界標準など存在しません。
これはアングロサクソン型の拝金主義にすぎないというものです。
第2に、「いい会社」指向型です。
昨今は、サステナビリティ経営が次世代モデルとして目指されています。環境や社会に配慮した経営です。
ぬるま湯体質は解決が難しい環境問題や社会問題に対して、異次元のイノベーションを生み出せるのでしょうか?
稲盛氏も永守氏も、これら世の中の風潮には、まったく耳を貸しません。独自の哲学と信念を貫いているからに他なりません。
そして、この2つの流派の本質を突き詰めていくと、その奥底には共通するものがあることに気付かされます。
成功の3要件
最も顕著な共通点は、成功の方程式です。
稲盛経営の成功の方程式
人生・仕事の結果=考え方×熱意×能力
永守イズムにおける方程式
Y(社員の評価値)=
A(基本的ものの考え方)+B(仕事などに対する熱意)+C(能力)
方程式を構成する3要素は、どちらも同じです。
「IQ・EQ・JQ」と「真・善・美」
そもそもなぜ、この3要素なのでしょうか?
永守氏はよくIQ(知能指数)とEQ(感性指数)を持ち出すそうです。
そしてEQ>IQという不等式を力説します。「能力」より「熱意」が勝るというのです。
では、「考え方」はどうでしょうか?
「リスクに見舞われた時こそ、経営者は前を見ないといけない。大局観を失わず、恐れずに動くべきだろう」と永守氏は語ります。
この決断力こそ、永守経営の真骨頂です。IQ、EQ、JQが、永守経営の3拍子なのです。
一方、稲盛氏は「こころ」の中心に「真我」があると唱えます。禅の教えに出てくる言葉で、「真の意識」や「宇宙の意志」を指します。
「真我は仏性そのものであるがゆえに極めて美しいのです。それは愛と誠と調和に満ち、真・善・美を兼ね備えている」
稲盛氏は、この真・善・美を心が求め続ける3つの価値としてとらえています。
3つのQに当てはめれば、真=IQ、善=JQ、美=EQに近いものです。
真・善・美を最初に唱えたのはプラトン
そもそも真・善・美を最初に唱えたのがプラトンで、弟子のアリストテレスは社会全体の善のあり方として「共通善」という価値観を唱えました。
人を動かすためには、3つの要素がなければならないと説いたのです。
いわゆる「エトス(信頼)」「パトス(情熱)」「ロゴス(論理)」です。
エトスは善、パトスは美、ロゴスは真に近い概念です。
稲盛氏は西欧哲学とは一線を画す
しかし、稲盛氏はこのような西欧哲学とは一線を画します。
そして『善の研究』を出発点に、東洋思想に根差した善のあり方を追求した西田幾多郎氏の哲学と同期していきます。
すなわち、〈稲盛氏=西田氏〉が語る善とは〈宇宙=自然〉の意志であり、それは社会という人工的な組織のための西欧的な共通善よりはるかに崇高なものであります。
本質的な人知に根差し、時代を先取りした経営
最近になって西欧でもようやく、拝金型資本主義を超える経営モデルが台頭し始めているそうです。稲盛氏や永守氏ならば、そこにはPが隠れていると指摘するでしょう。
それは「パッション(熱意)」です。
稲盛哲学と永守哲学をみると、プラトンやアリストテレスから西田哲学、現代の最先端経営モデルにまで通底していることを確認できます。
換言すれば、両者の思想がいかに本質的な人知に根差し、かつ時代を先取りしているかがわかります。
心が燃える、ありがたい本でした。
書籍案内
- 稲盛と永守~京都発カリスマ経営の本質
- 名和高司 著
- 日経BP・日本経済新聞出版本部
- 2021年8月20日発行/253頁
- 1,760円(税込)
主要目次
- Ⅰ部 二人のリーダー
- 1章 リーダーの条件
- 2章 リーダーの軌跡
- 3章 リーダーの素顔
- Ⅱ部 「盛守」経営の解明
- 4章 アメーバ経営の本質
- 5章 永守戦略の神髄
- 6章 「盛守」モデルの共通点
- 7章 大義と大志
- 8章 経営の押さえどころ
- 9章 魂を揺さぶる
- 終章 「盛守」経営の未来
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